「この5人でSuck a Stew Dryです」を聴いた夜

 

  このブログの最初の記事は『「Gt.フセタツアキ脱退のお知らせ」を知った夜』だった。http://drainage.hatenablog.com/entry/2016/08/11/235609

 

 人一倍文章に憧れがある。けれど、文章が拙いことや文章から語弊を取り除ききれないことへの恐怖も人一倍ある。だから、ずっと、どんな文章も、完結させられずに暮らしてきた。そんな人が衝動でブログをはじめてしまうくらいの、衝撃だった。

 

 少なくない数の終わりや始まりを、目に耳にしてきてはいた。

 何度もライブを観に行き、普段音源もよく聴いているバンドのメンバーの脱退をタイムリーに知ることは、でもはじめてのことだった。

 

 大好きだった5人が、消えてなくなってしまうのかと考えた。

 

 

 

 

 117日間があっという間に過ぎた。昨日のワンマンは観に行くことがどうしてもできなかったので、一昨日のツーマンが私にとって最後のSuck a Stew Dryとなった。

 

 "素晴らしき今日の始まり"で始まり、"ハッピーエンド"で終わったGOOD ON THE REELのステージ。何度も聴いている曲も、はじめて聴く曲も、脳に刻まれろと思いながら聴いたSuck a Stew Dryのステージ。

 全てに『意味付けがしたくなる』良い夜だった。

 

 

 

 

 そして12月7日、フセさんは脱退し、同日をもって活動休止となることをSuck a Stew Dryが今日発表した。

 

 

 

 

 何もなかったかのように続いていくのではなく、きちんと区切られ、終わりを与えられたことがとてもうれしかった。喜びではなくて、安堵の意味で。

 

 篠山さんの『この5人でSuck a Stew Dryです』という台詞が、とてもうれしかった。「5人から1人抜けて4人は止まる」のではなく「5人は止まり、1人は歩き続け、4人は少し休む」のだと思えたから。

 

 

 

 

 例え4人が4人で活動を再開したとしても(、そしてそのバンドの名前がSuck a Stew Dryだったとしても)、それはもうSuck a Stew Dryとは思えない。

 Suck a Stew Dryが更新されることはもう、ないのだろう。

 

 けれど。大好きだった、大好きな、5人は消えてなくならない。残る。残った。

 

 

 

 

 「Suck a Stew Dryで5人で育んできたものを、願わくば捨てないで持っていってほしいです、できればでいいんで」という気持ちも、117日前も今も変わらない。

 

 

 

 

 またどこかで、Suck a Stew Dryだった彼の、彼の、彼の、彼の、彼の、音楽を聴けたらいい。生きて。

 

R.I.P.

 
[Alexandros]公式アカウントのツイートで、ボーカルギター川上洋平さんの愛猫ミルクが亡くなったことを知りました。
 
その少し前に、最新号のMUSICAを読んでいました。
全曲解説の記事で、ムーンソングについて、大切な人との別れや青春時代の思い出などの二度と戻らないことへの絶望感がテーマにあると語られていました。
 
ツイートとその記事が、自分の中でつながってしまって。
このままだとムーンソングを聴く度にこみ上げてきそうだったので、文章を書くことにしました。
 
実際曲に登場する「君」が誰なのかを知ることはないでしょうし、彼のどういう想いが曲になったのかもわかりません。
が、尊い気持ちの結晶のような曲であり、「次を目指す彼ら」の曲であると確かに感じました。
 
 

以下、[Alexandros]の最新アルバム『EXIST!』に収録されている"ムーンソング"の英語詞と日本語詞の超訳です。


すべて私の勝手な想像によるものです。嫌悪感のある方はお引き取り願います。
 
 
 
 
 
 
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
常夜灯が消えるまで、僕は君のそばにいた
死神なぞ近づけさせやしまいと声をかけ続けた
終わりがくるなんて「嘘だろ」って思ってた
「嘘って言ってくれよ」って笑いかけた
 
静まりかえった二人きりの時間は
お別れを言うための猶予かもしれなかった
 
君が輝いていた、気高かった
あの頃は尊かったのだと今思い知る
 
 
無情にも君は亡くなり、僕は打ち拉がれ
街灯ごとに次の街灯を目指すことで
ようやく家に辿り着いたくらいだった
 
いつも一緒だったこの家を出て、
最近は特に忙しくしてて、帰ることも少なく
もっと一緒にいられたかなとこみ上げる
 
この涙も時間が乾かしてしまうのだろう
君はここで止まって、僕は続いていく
じゃれあって過ごした日々も記憶も
進んでいく時間に埋もれていってしまうのか
 
あの頃を輝いてい「た」と今言うように
僕のどんな活躍も、いずれ過去形にされるのか
 
終わるまでにどれくらい高みに行けるかな
濡れた写真を撫でてみても、応える声はない
 
 
お別れも済んで、本当に終わってしまった
最後にみっともない姿をみせてしまったね
 
みんな君の思い出話をしている
話が及ばないよう僕はその場を離れた
泣いたってバレないよう
写真をそっと伸ばして、しゃんとして
 
またひとつ区切りをつけよう
起こったことすべてを喰らって
やってきたことすべては糧になる
君との思い出は大切に仕舞ったし
ここからまたやってやろうじゃないか
 
僕は高まっている、研ぎ澄まされている
今ならなんだってできる気がする
 
ようやくみえた光を掴むんだ
君の応援なしに生き残っていけるのか
この世界に約束された栄光なんてない
けど次のホールドを目指すだけ
 
君がいなくても僕は、やっていくさ
(今まで本当にありがとう)
 
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TODAY became TOMORROW

 

2016年10月14日、QOOLANDというバンドが5周年を迎えた。

 

そしてQOOLAND6年目の1日目、今日、10月15日に、5周年企画「本気で演りたい」が開催される。

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QOOLAND5周年企画「本気で演りたい」
2016.10.15 渋谷O-Crest
QOOLAND/フィッシュライフ/The Floor
http://qooland.com/live/
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QOOLANDをはじめて聴いたのは、2015年冬。

youtubeで偶然に、だった。

はじめて観たのは2016年1月9日の新宿タワレコ

1枚目のCDを買ったのもその日。

 


「音楽は日常を彩るスパイス」みたいな言葉をどこかで読んだけど、もしそうなら、QOOLANDというスパイスまみれの280日を過ごしてきた。

RADWIMPSふりかけまくっていた学生時代くらい、スパイシーだった。


280日。たったそれだけ、されどそれな日数。

1月9日から、日常の状況も心境も大きく変わっている。

 


QOOLANDのラストセンサー、大切なお知らせ、Avril LavigneのSk8er Boi、OasisのDon't Look Back in Anger、[Alexandros]のspyなんかを聴くと泣いてしまいそうな日々を最近は過ごしている。

 

具体的に言えば、選んできた道の正誤を問うている。

 

大好きなことがあって。

でも私はそれを人生の軸に選べなかった。

選ばなかった。

 

ありがたいことに、別の誰かにとっての歩みたい道を歩んでいるのかもしれないが、大好きなことから離れなければならない日がいつか来てしまう道でもある。

その現実を受け入れて、進むなら進む、外れるなら外れると一刻も早く決断するべきなのに、蛇行するだけの日々が続いている。

 


[Alexandros]といえば、川上洋平さんが、"ワタリドリ"発売前日の2015年3月17日、OFFICIAL BLOGに

「"city"という曲の最後は『おう、聴いてくれてありがとな。でもこの歌を聴き終わってイヤホン外したらもうあとはお前の番だ。この曲は何にも助けてくれないぞ。』って事が言いたかった。結局今も相変わらずそういうスタンスできている。」

と書いている。

 

この言葉には、何度か正気に戻してもらっている。

 


音楽だけでなく、心の支えにしているものには、ただ逃げ込んでいたくはない。
いつかは終わってしまう人生を、選んだ道を、どうにかこうにか歩いていくために、一時、避難できる場所。

だと思うから。

 

もし心の支えを、大好きなものをつくりだす側になりたいのなら、自分はそこに逃げ込むことができなくなるという覚悟がまず要ると思っている。

 

決断が必要とされている。

やらないと決めるとしても、やると決めるとしても。

 


今日は一切を地上に置き去って、私は5階に行こう。

そのほうが、再び地上に戻った時に、一切と向き合うことができる気がするから。


目から水が出るかもしれないけど、きっと大丈夫。

みんな一心にステージを観てるはずだから。

タオルもあるし。

2016.9.21 DENSHI JISION presents 「QOOLANDと化学反応」

  
 DENSHI JISION(デンシジション)という理系エンターテインメントバンドのライブ「QOOLANDと化学反応」を観ました。
 観終わった後、人間が酸性なのかアルカリ性なのか調べてしまうくらいよかったです(どっちなのかはわからなかった)。
 
 
 
 
 なんで良いと思ったのか、なんで好きと感じたのか、の分析をいわんや目指して。評論ではなく。
 
 
 ドラムコーラス"モエコ"にとにかく圧倒された。
 手数の多いドラミング、透明感溢れるコーラス、迫力あるドラムソロ、を笑顔でやる。それだけでも好きになってしまうのに、それだけでなく、スティックで天を差すわ(かっこいい)、フロアを差すわ(ドキッとする)、そのスティックを放ってしまうわ(びっくりする)。立つし(ドラマーって立たないと思ってた)、ポーズもとる(ドラマーって「みんなでポーズ」の「みんな」に入れないものだと思ってた)。
 
 そして、ステージ外にいるらしいTEAM DENSHIの仕事、2人の奔放な実演メンバーによるパフォーマンス(モエコさんの存在感あるドラミング、"DJ博士"によるマッドサイエンティストのような振る舞い、フロアを巻き込むダンスなど)がボーカルギター"ヨシダシゲル"のうたによってひとつのステージにまとまっていることに感心した。
 
 炎色反応のように次々と曲が繰り出され、必要以上のMCがなかったステージ。から一転して、白衣を脱ぎ「理系してる?」Tシャツで現れた彼らによる、親近感あるアンコール。共同研究者も呼んで締められたラスト。
 それらは、世界観が徹底されているテーマパークのように、気配りに富んだ旅館のように、心地よかった。(水分補給だけは大変そうだったけど。マジで)
 
 
  好きなドラマーが増えた、いいなと思うバンドが増えた、嬉しさ。それらは、下北沢GARAGEを後にする時の雨の冷たさにも、打ち負かされることはなかった。
 
 
 
 
 ちなみに、今回のライブは特典CDがもらえました。中身はQOOLANDがカバーした"リトマスティック・ラブ "とDENSHI JISIONがリミックスした"勝つまでが戦争"。貴重!
 
 DENSHI JISIONヨシダさんが「(かっこよくて)引く」と言っていたQOOLANDによる"リトマスティック・ラブ "は、確かに引くくらいかっこよかったです。DENSHI JISIONのセットリストでいちばん好みだった曲の、QOOLANDの曲にはない歌詞が平井さんによって歌い上げられ、QOOLANDサウンドで仕上げられていました。
 
 何回も聴いたことがある"勝つまでが戦争"も、DENSHI JISIONによって新しいものになっていて、面白かったです。無理やり何かに例えるなら「美味い素材はそのままでも調味料かけても美味い」みたいな…?
 
 いままでかなりの原曲派だったのですが、こういうのもいいなと思いました。

何をしてもしなくても、同じだけ時間は経過する

 優勢でもないし、劣勢でもないから、と何かを放置してしまっていたことに気づいた時に。グッドモーニングアメリカの"未来へのスパイラル"の「希望と絶望が 循環ではなく未来へのスパイラル」という詞が過る。

 

 「時間の経過」が存在する限り、何事が置かれている状況も変化していく。目を閉じて耳を塞いで膝を抱えていれば?そのままでいられる?待っててもらえる?

 そんなに易しくはない。次に目を開けた時、周りは変わっている。私は歳を重ねている。目を背けてたって、「変わらない」という状態のまま、転がっていく。変わらないことを目的に維持活動をしている場合(古き良きもの)を除けば、多くは下に向かって。

 

 

 日々を疎かにしている自分がいた。こんなちっぽけなことで何も変わらないだろうと高を括っていた。その積み重ねが何事をも築くというのに。

 一方で、想像より困難な状況に置かれていると想像できる人が、困難を理由に滞らず、突き進んでいたことを知った。捕らえられた手や足を、捕らえている枷ごと動かして攻撃や防御をしてしまう、漫画の登場人物のように思えた。 

 

 何をしてもしなくても、同じだけ時間は経過する。ぐるぐると考え込んでしまうようなことがあっても、「ぐるぐると考え込んでいる」ごと動かしていきたい。止まったり止めたりしている場合ではない。

  上から見たら同じでも、同じ階で回り続けているんじゃなくて、螺旋階段を上っていっていたい。スパイラルなら未来に向かうから。

許容量

 水の量が多い時、水の流れが速い時、排水口に引っかかることなく、すべては流れていってしまう。



 凄まじい勢いでイマがカコになっていく日々を過ごしていた。

 思ったことも考えたことも、生まれたものも、流れて消えていった。

 急流に自身がのまれてしまわぬように、浮こうとしているだけで精一杯だった。





 排水設備を強化する必要がある。今あっぷあっぷになるくらいの水を、余裕でいなせるくらいに。生まれたものを消さないように。



 排水口に辿り着く前にタモで掬ったって、あるいは構わない。