音沙汰

 もう会わないだろうなという遠いところに引っ越していった友人や今どこでなにしてるのかわからない知人と、二度と会えなくなってしまった人との違いは、本気だしたらもう一度会って話せるかどうかだと思う。

 

 会っていない間のふとした時に、「こんなことがあったって次会ったら話そ!」が思い浮かぶのはどちらにも同じ。

 本気だしてみたり、偶然や運命で実現するかもしれないのが前者。実現する可能性がゼロっていう現実が追っかけてくるのが後者。

 

 SNSを使えば割と簡単に連絡がとれる世の中になった。それでも会って話がしたい人には、会いに行って話をしたほうがいいのだろう。

 会えるうちに。話せるうちに。会って話したいと思っているうちに。

 

 

 「便りのないのはよい便り」とも言うけど、元気なうちは便っていたい。些細でも。

raven red

 夏のはじめに塗ったペディキュアを、全部剥がした。素足になった。

 夏しかしないから、してない時間のほうが長いはずなのに、足先だけ他人の足をみているような、不思議な違和感。

 きっと何回か寝て起きたら、もう自分の足になっていて。そしてまた来年の夏の終わりに、同じことが起きるのだと思う。

 

 

 良い習慣を始めた時、良くない状態に戻そうとしてしまう力。悪い習慣をやめてはみたけれど、大それた悪さじゃないから、と再び積み重ねてしまう力。それらは侮らないで放っておける程、小さくはない。

 すぐに楽な選択肢に逃げてしまいたくなるけれど、良い状態に今はまだ慣れていないだけ。と言い聞かせて、向いている方向は前でありたい。例え後退っている時でも。

2016冬、ハマダイコン計画

 ハマダイコンという植物が、近所の浜にたくさん自生している。ダイコンという名前だし、「採ってきて育てたら大根になるんじゃないか」という計画を立てた。2015冬のことだった。

 

 立てたはいいが、結局やらなかった。「寒いから」とか「一緒に馬鹿やる仲間がいないから」とか大したことない理由だった。冬は寒いから冬だし、やりたいことのやりたさにひとりかふたりかは関係ない。

 

 

 そして2016夏、鉄腕DASHハマダイコンの回が放送された。「先を越されたから」というやらない言い訳が増えてしまった。

 

 

  やりたいのにやれていないことがたくさんある。やりたいこともやらないで、やらなくていいことややらないほうがいいことをやって過ごしている時間が多すぎる。

 

 やりたいと言っているだけで本当はやりたくないことならやらなくてもいいけれど、やりたいのかやりたくないのかはやってみないとわからないことが多い気がする。

 

 

 2016冬に向けて、スコップを買わなければならない。

温泉に入っても癒されるだけです

 農耕牧畜狩猟採集で得たものを売るゲームにハマっていた時期がある。

 売って得たお金で買ったプレゼントを渡して、毎日話しかけて好感度を上げた女の子と結婚する。というのが、定められたひとつのゴールだった。

 

 どのゴールに辿り着くためにも、とにかく稼ぐことが大切だった。

 が、稼ぎにつながらないこともする必要があった。野菜を売らないで食べたり、夜釣りに行かないで布団に入ったりする必要があった。このゲームには疲労度というパラメータがあって、あらゆる行動が主人公を疲労させたからだ。

 疲労度がMAXになると、主人公は倒れて、問答無用で翌朝を迎えさせられた。迎えた朝には疲労度はリセットされていたが、鶏に逃げられたり、カブが枯れたりしていることに気付くことになった。

 

 倒れないための裏技として、家の地下にあるふしぎな温泉があった。入ると、1回ほにゃららと決められた値が回復した。

 これ幸いと、倒れる寸前まで働かせた主人公を連続で高速で出たり入ったりさせた。20回浸からせると、1日の疲れが吹き飛んでいたようだった。

 

 

 風邪のひき始めに、このゲームのことを思い出すことが多い。家の地下にふしぎな温泉がないので、よく食べてよく寝なければならない。倒れたら、回復は翌朝よりも遠いので。

セキララ

 バンドサウンドとの出会いは、同級生が貸してくれたアルバム『RADWIMPS4~おかずのごはん~』に収録されている“05410-(ん)”だった。気がする。

 

 合唱コンクールの曲しか聴いたことがないような真面目チャンの頭は、次から次へとめった打ちにされた。かっこいいという言葉が出せないくらいかっこよかった。どの曲もドラム(と後で知った音)を一番追った。ずっと聴いていたかった。ずっと聴いていたいなら自分が鳴らせばいいと考えるような短絡的な子供だった。

 

 そして、誰かと何かをできるような器用さを持ち合わせていない子供だった。こっそり軽音楽部を覗きに行ったこともあったが、そこは別世界の人たちの世界にしか見えなかった。地元のスタジオに「タノモウ!」と乗り込む勇気もなかった。中学でやっていたからと選んだ部活やら受験やらで、次第に熱は忘れられていった。

 

 

 

 

 学校を卒業して実家を離れてから、コンサートやライブを観に行く機会が増えた。始まる前はおっかなびっくりで、終わった後は虜。はじめてライブハウスに行った日のこと、はじめて野外で演奏を聴いた時のことは、今も鮮明に覚えている。

 

 前よりいろんな音楽を聴くようになり、友人との話題に音楽が登場する回数も増え、楽器を楽しんでいる友人にも出会った。それでも、自分がスティックを握るという発想は全く沸いてこなかった。今思えば「ヤッテタノシムモノデハアリマセン!ミテタノシムモノデス!」という封印がされていた。

 

 

 

 

 社会人になってしばらく経ったある休日、発熱して、朝から晩まで布団の中にいた。できることも少なかったので、流行した時に書いた「やりたいことリスト」を引っ張り出してきて眺めていた。

 そこには「ドラムを叩く」があった。数年も前から想い続けていることが、「ハロクラインを乱す」のすぐ下に鎮座していた。数年前の熱は忘れられていただけで、ずっと熱いまま息を潜めていた。

 たかが風邪のなかなか下がらない高熱が布団の中に充満させた「もしかしたらこのまま」という考えが、治ったら行かなければならないと思わせた。

 ユカタン半島に目指すことに比べたら、近所のスタジオに乗り込むことは驚く程簡単だった。

 

 

 

 

 ドラム教室に通い始めてもうすぐ1年という頃。ベースに手を出して、ギターにも手を出した。ドラムの音と同じくらいベースの音に憧れていたし、ギターが作り出せる音はドラムでは作り出せなかった。

 上手い下手を棚の上に放り投げると、ベースもギターもとても楽しかった。夢中になって弾いた。全部に夢中になればなるほど、全部で時間が足りなくなった。大人になっても、器用にはなれていなかった。

 

 けど、「やってみる」というコマンドを覚えていた。ベースもギターも、憧れているだけでなく実際に弾いてみた。4人で楽器を交換しながら演奏した時、ベースもギターも歌も、自分より上手い人がいればその人にやってほしいという気持ちになった。ドラムだけが違った。誰がどんなに上手く叩こうが、「自分なら」が止まらなかった。結局のところ、誰かと一緒に奏でるなら、私がやりたいのはドラムだった。

 ドラムに落ち着くまでに一周回ることが必要だったけど、無駄になったものがあるわけではなかった。積極的消去法は、残るもののほうが多い気がした。 

 

 

 

 

 追及し続けることのできる趣味に、ずっと出会いたかった。ここ最近、時間が許す限り、スティックを握っている。

 もっと楽しくなりたい。音で気持ちよくなりたい。そのために、思ったとおりに動く手と足を手に入れたい。そのために。

ある日、銭湯にて

 

行く

靴箱に靴を入れ、札を取る

チケットを買う

受付にチケットを渡し、靴箱の札とロッカーの鍵を交換し、貴重品を預ける

ロッカーに荷物を入れる

籠に脱いだ服などを入れる

いざお風呂場へ

体を洗う

かけ湯をする

室内風呂に入る

露天風呂に入る

顔を洗う

髪を洗う

もう一度室内風呂に入る

シャワーを浴びる

体の水気を拭く

更衣室へ

服を着る

化粧水などをつける

フルーツ牛乳を飲む

テレビを見ながら、常連さんの話を聞きながら、涼む

ドライヤーで髪を乾かす

ロッカーから荷物を取る

受付でロッカーの鍵と靴箱の札を交換し、貴重品を受け取る

靴箱に札を戻し、靴を取る

帰る